読んでみよう・観てみよう
BOOKS
人のためになる人ならない人
−コーチ力が生み出す人間力・社会力
辻 秀一 著
(バジリコ株式会社/1400円+税)
著者の辻さんは言わずと知れた、本誌で“ドクター辻のスポーツ情報”を執筆しているスポーツドクターです。本著は、その辻さんの「コーチ論」を簡潔にまとめたものです。辻さんの文章はいつも、平易に書かれていてスラスラと読めてしまいます。
この本もそうでした。しかし、自分のスポーツ活動・経験、子育てなどとを重ね合わせると、その文章は、一変して、深く考えさせられます。それは、本著が「スキルを持つ以前に、人間として持っていなくてはいけない『人のためになる』という人問の生き方、考え方」に重点をおいたものだからでしょう。
本著を読み、日本のスポーツ界の状況を考えたとき、コーチ力を必要とする場面を数多く思い浮かべることができます。
例えばジュニア期、部活でのスポーツ活動は、指導に連続性がないところがほとんどです。そのためいろんな弊害が出ています。その一つは「燃え尽き」現象ではないでしょうか。選手の意欲や目標の持ち方、体力的な特性などが考慮されず、結果=勝つことだけが先行しがちで、一年中練習に明け暮れるというのは、よく聞く話です。
スポーツを楽しむどころか、イヤになって止めてしまう人を作りだしてしまいます。こうしたこともコーチ・指導者の考える必要のあるところでしょう。
また、トップレベルの競技活動においても、そうしたことは見聞きすることができます。
スキーノルディックの荻原選手は、絶好調の時も常に「もっと上を目指し」て、練習に取り組んでいたそうです。しかし、結果は逆になり、調子をくずして、一番いいときの状態をとりもどせず、最近引退を発表しました。その荻原選手が、好調時の感覚を模索していたときの発言として、「これでいいんだよ、という一言があれば良かった」と伝えられています。このことは、選手はいつももっといい物をと考えていますから、変える必要がないときは“今が一番いい状態なんだ”という言葉を、客観的に見ている人に掛けて欲しいし、ということではないでしょうか?
コーチカを必要とする状況は、スポーツ界にたくさんあります。辻さんの、この本を書く動機もこうしたところにあるでしょう。
“失敗を糧にする”ということはよく言われますが、“失敗した”ことを受け入れなければならないこと、そのことを理解することは、本人にとってむずかしいものです。そうしたスポーツをするもののメンタル面にも言及されており、自分の不十分さを改めて確認をするには充分な本でした。本著の中に出てくる、「大丈夫です。自らも知識を学び、より理解を深めていけばいいのです」に救われた気持ちです。こんなところも辻さんのコーチカでしょう。(茨 正)
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