河合塾

夏を制する!�がんばるだけでは勝てない�

『スラムダンク勝利学』にみる勝利の方程式

赤毛で背が高くケンカ早いがどこか憎めない主人公の桜木花道。
ゴリとあだ名されるゴリラ顔だが頼れる猛将、赤木剛憲･･･。
落ちこぼれもエリートもいる個性バラバラな湘北高校バスケットボール部。
エゴを剥きだし激しく衝突し、互いに見下しあいながらも、やがて「目指すは全国制覇！」と気持ちを一つに、目標に敢然と立ち向かっていく部員たちの姿を描いた「スラムダンク』（井上雄彦著/集英社）は圧倒的な人気を博したスポーツマンガだが、かつての「スポコン」ものとはちょっと違う。
根性だけでは勝利はつかめない、頑張るだけでは勝利は得られない。
『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル）の著者でスポーツドクターの辻秀一氏は指摘する。
「この中には勝利するための大切なメッセージが何気なく隠されている」と。
受験生必読の学ぶべきことも多い。
夏を制し、受験に勝つには何をどうすべきか？
辻先生が勝利の方程式のいくつかを解き明かす。

「スラムダンク」は1990年～96年まで「週間少年ジャンプ」（集英社）に連載され、その新鮮な感覚がたちまち学生や若者の人気を得た。単行本はベストセラーとなり、テレビアニメも高視聴率を誇り、バスケットボール人気の火付け役にもなった。生き生きした作画、歯切れのよい話しのテンポにくわえ、魅力はなんといっても個性的な登場人物たちで、湘北高校バスケットボール部を全国制覇へと向かわせる情熱、葛藤、不安、赤裸々に自己をさらけ出しながら「勝利」へと立ち向かう彼らの姿、生き方が若者の共感を呼んだ。作者の井上雄彦氏は、若き日の宮本武蔵を描いた「パガボンド」を「モーニング」(講談社)に連載中で、単行本は13巻で計24OO万部を売り、今年の「第6回　手塚治虫文化賞」では「マンガ大賞」を受賞した。

勝利とはなにか

　方程式を解く前に「勝利」について考えてみたい。勝利とはなにか？「相手、敵を負かす」というのが一般的な捉え方だが、単に「勝ちたい」とか「勝てばいい」だけを求めるなら弱い相手、敵と戦えばよい。受験でも同じことだが、それで本当に「勝利」を喜べるだろうか。辻先生は「自分らしさが発揮され、自分に本当にふさわしい結果を得ること。その過程で自己の成長が起こること、それこそが勝利なのです」と話す。しかし「勝利」のためにスポーツ選手やコーチの多くは「根性」と「練習」に頼り、結果が出ないと「根性が足りない」「練習が足りない」と考えがちだが、スポーツ選手が「競技力」だけで勝利をつかめないのと同様に受験生も「勉強力」だけでは勝てない。根性も競技力(学力)も必要だが、大切なのは「セルフイメージ」、すなわち「本番で自分のチカラを発揮させるにはどうすればいいのかということ」だと辻先生は指摘し、『スラムダンク』のなかにはそのヒントがいくつも読み取れるのだという。

【勝利の方程式】

■セルフイメージを形成する4つの要因

※	セルフイメージが大きいと実力どおりの競技力が発揮できる。
●	環境＝なにかできそうだという意識を駆り立て、セルフイメージを大きくプラスに働かせる環境づくり、家庭や学校を含めた日常の環境。
●	経験＝どんなことでも、快い体験(成功体験や達成感)がセルフイメージを大きくする。浪人経験を「楽しむ」「苦痛に思う」かでもセルフイメージは大きくも小さくもなる。
●	ひと＝指導者、家庭、友人など、人はセルフイメージをプラス・マイナスに作用する。自分にふさわしい結果をつくり出してくれる人。
●	自分＝環境や経験、人の影響に左右されることなくセルフイメージを縮小させずに保つ。メンタルタフネスといい、イチロー選手がその好例。

根性は正しく使う

｢こうなりたい｣という目標を持ち続ける

　不良グループのリーダーだった桜木花道は、主将のゴリこと赤木剛憲の妹・晴子の目にとまり、彼女に一目惚れしてバスケットボール部に入る。そして赤木は妹に、花道には根性があるのかと訊ねるシーンがあります。
そう、スポーツにしろ受験にしろ、根性なくして人生の目標を違成することはできません。
　ただ、根性は「勝つため」に正しく使うべきなのです。ケンカに負けたことのない花道の腕っぷしの強さは申し分ありません。しかし腕っぷしと根性とは違う。ケンカに強くてもバスケット選手として本当の勝利は得られないのです。多くのスポーツはハビット（習慣性）が大切です。技術的な良い習慣を身につけ、悪いクセを改善するためにみな苦しい練習を重ねるのです。しかしそれだけでは十分ではなく、技術同様に考え方も習慣化していなければダメなのです。たとえば、試合前に「全力を尽くす」といっても、目ごろから考え方を習慣化していなければ実践できるはずがないわけです。つまり正しい根性というのは、勝つための正しい考え方ということです。
　それには3つの要素があり、意識して学習をつづけていくと、やがてそれは習慣化して着実に実力として身につく、それを下意識と呼び、一流選手ほどこの下意識の部分が大きいのです。そして、この下意識を本番で発揮させるものがチャートに示している「セルフイメージ」です。これを大きくする能力を身につけることが根性の正しい使い方なのです。

　人生には目標が必要です。スポーツでいえば勝つチームと負けるチームの差は、そのチームにふさわしいハッキリとした目標を持っているか否かの差です。では、目標をどう設定するとよいのか。まず目標は与えられるものではないという認識が大切です。それには主体性がなければなりません。自分が目指す「こうなりたい」という、つまり理想の自画像みたいなものをポジティブな姿勢でもつことです。主将の赤木は、「今年の目標は全国制覇だ！」と宣言する場面があります。
　ふつう、目標をたてるときには「こうなりたい」よりも、先に根拠(過去の数字や実績や現在の置かれている環境や状況）を探し、「昨年はこうだったから今年はこう」みたいに決めてしまいがちです。もちろん根拠をもとに設定するのは悪いことではありませんが、これは消極的な設定だといえるでしょう。しかし実は、「こうなりたい」という目標を持ち続けると、すぐに達成できるかどうかは別にして、必ずそれを実現するための根拠が後からついてくるものです。「全国制覇」を目標にした湘北高校がその例です。「人にこういわれたから」「先生に薦められたから」�「この成績からみて、この程度だ」。あなたがもし、そういうことで目標を設定しているとしたら、それは消極的だといわざるを得ないのではないでしょうか。積極的に、そして自主的に「こうなりたい」という目標をもつことがセルフイメージを大きくすることになるのです。

⇒第1巻109ぺ一ジ
　スポーツや人生において、根性なくしては自分の目標達成はない。大事なのはその根性の正しい使い方、勝つための正しい考え方とは、そのことを指す。

⇒第1巻173ぺ一ジ
　“根拠”がないにもかかわらず1年から「全国制覇」と高い目標を掲げてきたゴリは、常にその実現のために行動してきた。すると3年になり目標が現実のものとして見え、“根拠”がついてきた。

今に生き、すべきことをする！
　セルフイメージは、私たちを取り巻く環境によって非常に左右されます。スポーツ心理学の先生方のほとんどは私たちの生きる周囲の環境はネガティブだと評価しています。たとえばスポーツ選手が根も葉もないことをマスコミに報道されて調子を狂わせてしまう例もこれにあてはまります。そういう周りの雑音に左右されず、メジャーリーグのイチロー選手のようにセルフイメージをつねに安定してコントロールすることは容易なことではありませんが、少なくとも周囲に左右されず、自分の意識でセルフイメージを維持していただきたいと思うのです。
　そのために必要なのは、「今に生きる」という意識です。過去への後悔でも、今後の展開に不安を持つのでもなく、いつも「今するべきことに集中する」こと。競技力を身につけるいっぽうで、そういう心の習慣を築きあげることが勝利への意識につながるのです。山王工業戦で、選手生命を左右しかねないほど背中を痛めた花道は、「オレは今なんだよ」と言い放ってコートに戻る。ほかの場面でも花道は「オレに今できることをやるよ!!やってやる!!」と宣言する。これこそ「今に生きる」ということです。同時に「するべき事をする」ということが大切です。あなたにとって「するべき事」とは？ふさわしい目標に対して、なにを「するべき」かをいま一度チェックし、今に集中すれば、これまでとは違う何かがきっと見えてくるはずです。

⇒第13巻75ぺージ
　結果を追い求めるほど逃げていく。まず“するべき事”に対する認識と実践こそが結果を生む。

不安はどこからくるのか
バスケットボール入部後、初めての試合で花道の出番がやってくる。しかしいつも強気な花道ですら、いざコートに立つと、さすがに緊張してしまいます。緊張というのはほとんどの場合、不安から生まれますが、なぜ不安になるのでしょう？その多くは想像によってもたらされます。想像したこと事柄自体への不安であったり、想像することと現実とのギャップからの不安の感情であったり。花道は「オレが出て点差が開いたなんてことになったりして�」と想像して不安を覚え、さらに「天才バスケットマンならそんな不安や考えを抱くはずがない」という自らの理想像と現状の自分との比較思考に陥り、ますます緊張感を募らせていきます。
　これはセルフイメージが縮小している最悪の状態であり、その要因は比較思考です。理想との他人との、過去のよい頃の�などと数限りないものと比較して不安や緊張を呼び込んでしまうのですが、日常生活のなかで日ごろからこの思考癖をなくすよう、セルフイメージのトレーニングに努めることが必要です。緊張や不安の感情を抑える意識に、「自信」があります。つまり自信こそ普段からつくりあげておかないとならない意識の一つといえるでしょう。それは横柄とか威張るとかとは違います。自分を信じること。どんなことでもよいし、どのような小さなことでもよいから、自分のなかに快体験や違成感の体験を積み重ねることです。

“反省”と“確認”は違う！
　どんな場合も反省会というものがあります。受験生なら不合格という結果に、どこがダメだったのだろうかという反省もあるでしょう。しかし、試合後の反省会というのはたいていの場合、コーチや先輩に悪いことばかりを指摘され、みなが「ハイ」とただうつむいているという場面が少なくありません。実際には、悪かった部分というのは後から冷静になってゆっくり分析するほうが効果があるのです。
　方法としては、頭のなかで思ったり考えたりするのでなく、悪かった問題点を列挙する必要があります。花道のようにビデオで自分のプレーを見て、ありのままの姿を知るというのもその一つです。しかし、ただ問題点を列挙するだけなら反省会と変わりない。反省というのは、その後の「確認」という行為があってはじめて意味を持つのです。間題点を×、解決を○として、この×と○の間を考え、×を○に変えていく方法を見出すことが何より大切です。もし○と×の間を埋めるものが見つからない場合、この×は意味がありません。問題を克服したときにはどれほど素晴らしいものを得られるかを考えて、これからの計画をつくり、行動に移す。そういうことを私は“反省”ではなく“確認”と呼んでいます。
結果の捉え方こそ勝負の分かれ目
　勝負には必ず勝敗という結果がともないます。勝つか負けるかOKかNOTか。受験もそうです。しかし結果をマイナスに捉えてしまえば、その後の活動意欲を低下させてしまいます。調子がよいときこやる気があるのは、誰もがそうです。問題は、負けた結果にただガッカリするだけでは「結果」はますます逃げていってしまう。
　湘北高校と死闘を演じたバスケットボール界の王者・山王工業は100%のチカラを発揮したが、敗れてしまう。
　口惜しさも涙もある。だが、ヘッドコーチの堂本氏は敗れた直後の選手たちにこういう言葉をかける。『はいあがろう「負けたことがある」というのがいつか大きな財産になる』と。これは敗れた結果を未来へのチカラと情熱に結びつける素晴らしい言葉です。結果をプラスに捉えて、新たな目標に立ち向かっていくことこそ本当の勝利へのステップなのです。

⇒第4巻145ぺ一ジ
　花道ですら想像や比較思考におちいると不安になる。不安はパフォーマンスの低下につながる感情だ。今できることをするということに集中することが大切である。

井上雄彦さんから辻先生に贈られた「桜木花道」を描いたサインボール

⇒第6巻8ぺ一ジ
　結果は決まっている。必ずや常にその時の自分にふさわしい結果が得られる。「大丈夫！」という言葉は、そのことを思いださせてくれる。

辻先生は、『スラムダンク』は単にバスケットボールマンガではない、きわめて奥が深く、人生の哲学書といっても過言ではないという。残念ながら紙面の都合で全てを紹介することはできなかったが、マンガの中にはほかにも勝利への方程式を解くヒントが随所に埋まっている。
この夏、受験勉強が本格化するこれからに備えていま一度、本籍から『スラムダンク』を取り出し、そのページの中に隠されたメッセージを深く読み直してみてはどうだろう。きっと勇気づけられる何か新しい発見があるはずだ。