2002年5月27日(月曜日)

スポーツは文化である

―その社会的意義を考える

スポーツという言葉の印象は一般的にどうなのでしょうか?
スポーツの印象を決定しているのはスポーツ選手たちでしょう。それではスポーツ選手の印象はというと、まず体育会系です。体育会系は根性、気合い、上下関係、脳みそ筋肉とか、なぜか非文化的ワードばかりを連想させます。体育という言葉によって、日本では体を育てる、勝つことがすべてという概念が構築されてしまったのです。人間を徳育・知育・体育にわけて考えることに本来無理があるでしょうし、まして徳育は倫理やボランティアで、知育は勉強や読書で、体育はスポーツで育てる、という発想は非常におかしいのではないかと思うのです。
 体育とは、本来は英語のPhysical Educationで、身体活動にともなって人間的に教育・成長できる人間にとって、必要な文化的活動の総称なのです。わたしはスポーツドクターとして、スポーツを文化ととらえ、人間にとってのすばらしい存在価値性を伝えていきたいと考えています。したがって、わたしは以下のようなコンセプトを掲げ、さまざまな活動をしています。
「スポーツは医療である、コミュニケーションである、芸術である、教育である」
●スポーツは医療である
 人が健康になるために存在するものが医療だとすれば、スポーツこそ医療です。さまざまな疾病の運動療法として、スポーツは医療の世界に入ってきています。心筋梗塞後のリハビリ、骨粗鬆症や糖尿病の運動療法はもちろん、アメリカではエイズの運動療法や鬱病のスポーツ指導など、スポーツの治療的医療としての意義が確立されてきています。一方、医療は治療だけのためにあるのではありません。予防や健康増進も広い意味での医療です。スポーツにより健康的なライフスタイルを維持し、生活習慣病の予防に役立つことも認められています。肥満の予防につながるなどです。
 さらには、スポーツをすることで、イキイキできる、良く眠れるなど健康増進にも役立ちます。ソルトレークオリンピックでスピードスケートの清水選手やモーグルスキーの里谷選手の活躍で、あっという間に元気づいた人も少なくないはずです。スポーツにはこんな広い意味での医療を実現できる力があるのです。
●スポーツはコミュニケーションである
 次に、スポーツはコミュニケーションである。これはスポーツそのものにコミュニケーションが必要であるということを意味しています。試合はもちろん普段の日常生活でも、選手同士、指導者と選手など、コミュニケーションなくして活動したり勝利することは絶対に不可能です。
 昨今、ITの時代となり、人間同士のコミュニケーションの方法がかわってきています。スポーツでは、声、身体、目、手足、合図など、お互いの五感を使ったコミュニケーションをその場でとらなければ、その活動が成り立ちません。まさに人間らしさを必要とするのがスポーツということになります。
 一方、スポーツがコミュニケーションを人間社会に作り出していくことも事実です。イチロー選手が連続安打記録をのばし、昨日もまたヒットを打てば、暗い雰囲気の会社でサラリーマンたちが盛り上がってコミュニケーションをするのです。
●スポーツは芸術である
 スポーツは芸術である。わたしは芸術家ではないので、芸術とは何かを述べる気も資格もありません。しかし、事実スポーツの中に芸術が入って来ているのです。新体操しかり、シンクロナイズドスイミングしかり、フィギュアスケートしかりです。スポーツ競技の中に芸術性という側面が存在し、スポーツの魅力をさらに引き立てています。アーティスティック・インプレッションが存在するということです。また、芸術は人間自身の自己表現とメッセージと考えれば、スポーツにも共通性があります。選手の生きざまや人間性がスポーツという場に表現され、何かをアピールしていることが多々あります。だからこそ、ただ勝った負けた以上の感動を見ている人たちに与えることができるのではないでしょうか?いやむしろ、スポーツは本来そうでなければならないとわたしは思っています。
●スポーツは教育である
 そして最後、スポーツは人間を成長させることができます。すなわち、スポーツは教育です。アメリカでは、Educational Sports Psychologyという分野で、人間的教育と勝利の関係が学問的に体系化され、スポーツ選手はEducatedであろうとするし、社会はそれを求めています。子どもたちはスポーツのこの点をコーチから学んでいくのです。教育とコーチングは同一線上に存在し、同じベクトルを形成するという考えです。
 したがって、いままで述べてきたような真のスポーツのすばらしさを享受できる人たちは、スポーツ選手だけではなく、子どもから老若男女とすべての人になります。そして、スポーツはやるだけではなく聞いたり、見たり、話したり、読んだりしても、スポーツに成り得るということなのです。
 わたしはこうしたスポーツのもつすばらしさをより多くの方が味わい享受し成長していけるよう、スポーツドクターという立場でみなさまをお手伝いしています。
(つじ・しゅういち=スポーツドクター)
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