「スポーツは『医療』、『芸術』、『教育』、『コミュニケーション』」というのが辻氏の理念。「パッチ・アダムスが笑いによって人々を元気づけたように、スポーツを通して人間のQOLを向上させていきたい」スポーツドクターとして、スポーツと医療の新しい関係を追求し続ける氏のプライベートクリニックには、トップアスリートをはじめ、子どもやダイエット中のOL、骨粗鬆症に悩む中高年など幅広い層が足を運ぶ。
 内科医の強みを生かし心身併せたケアを行なう
「目標を逮成したときに得られるものを考えることで、そこへ向かうエネルギーが高まります。とくに精神面でどんなものが手に人るのか、すなわち“快”感情について具体的に考えてみましよう」東京都港区南青山の一角、「エミネクロスメディカルセンター」内のカウンセリングルームに、辻秀一氏の朗々とした声が響く。熱心に耳を傾けているのは、女子ボディボード全日本チャンピオンの小池葵選手。「辻先生の話を聞くとパフォーマンスが向上する」との噂を聞いて同センターを訪れた一人だ。氏の言葉には、自らアスリートとしてスポーツの世界に身を置いてきた経験と教育スポーツ心理学に裏打ちされた説得力がある。
 500年近く続く医師の家系に生まれた辻氏だが、「夢はオリンピック出場」というくらいスポーツ好きの少年だった。なかでも中学校から始めたバスケットボールに夢中になり、医師の道を志すときもインターカレッジに出場できそうな北海道大学に進学する。
 スポーツと同様、氏は医療の知識を習得し技術を麿くことにもひたむきに取り組んできた。内科医としてハードな病院勤務をこなす傍ら、空き時間を慶応義塾大学でリウマチの研究に充て、精力的に論文も執筆。しかし、どこかボタンを掛け違えているような違和感が募っていったという。
 「医者として頑張っていきたいという意欲は人一倍ありました。でも、患者が病気を早く治したいという気持ちより、健康な人がスポーツで勝ちたいという気持ちのほうが僕にはよく分かったからです」
 機会があって慶応義塾大学体育会バスケ部のチームドクターを引き受けたものの、当時は選手に何ができるのか明確な答えを見いだせず、スポーツと医療の接点を模索する日々が続いた。一方で、1993年から北里研究所病院スポーツクリニックで働きながら、独学で心理学や教育学、骨代謝学とアメリカのスポーツ医学について学び、ようやく一つの結論にたどり着く。「スポーツ医学は整形外科の領域と思っていましたが、アメリカでは体を熟知した内科医ならではのアプローチが主流。体に加え心のケアができれば、非常に役立つのではないかと思ったんです」。心身併せたコンディションを指導するという考えは、氏の活動の方向性を決定づけた。
 その後、笑いによって患者はもちろん、健康な人をも元気づける医師パッチ・アダムスの存在を知る。「人間全体のQOL」を考える発想に共感し、彼の笑いに相当するものが僕にとってのスポーツだと確信しました。病気を治す医療だけでなく、人間をより元気にさせるという医療もあるのです。
全日本車いすバスケットボールのメンバーと。後方左端が辻氏
 1999年には、氏の理念を実践する場として「エミネクロスメディカルセンター」を設立。一対一のカウンセリングを基本に、スポーツコンディションと、生活習慣病のライフスタイルコーディネート、メンタルトレーニング、子どもの健康相談などに従事している。チームドクターとして、全日本車いすバスケットボールチーム、東京大学野球部など多数のアスリートをサポートする一方、子どものためのスポーツ塾「チームエミネクロス」を主宰し、スポーツを通じた自己成長の大切さを訴えている。
 加えて、企業や学校での講演、原稿執筆なども精力的にこなす。人気バスケットボール漫画『スラムダンク』を材料に、「真に自分にふさわしい結果を手に人れるための考え方」を説いた『スラムダンク勝利学」は11万部を売り上げ、スポーツがもつ教育性を享受したい人がいかにたくさんいるかを実感したという。
 「1日20時間は働いている」。スポーツの持つ可能性が広がっていくにつれ、氏の多忙さにも拍車がかかる。「病院に勤務していた頃は、当直で起こされるとつい愚痴をこぼすこともあり、自己嫌悪に陥りました。でも今は、どれだけ忙しくても不満はありません。人の役に立っているという充実感、新しいものをつくっている楽しみは大きいですし、何より好きでやっていることですから」
 スポーツヘの一途な思いが、少しずつ実を結び始めたという手応えを感じている
「チームエミネクロス」には小学生から中学生まで60数人が参加
『スラムダンク』と、車いすバスケットボールを題材にした『リアル』の著者、漫画家の井上雄彦氏と
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